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石巻 [支援活動]

前記事の翌日、8月21日は6時位の新幹線に乗って仙台に向かいました。
ちなみに私がお勤めしているのはコチラ→http://www.jen-npo.org/
今回の震災にあたっては石巻に事務所を置き活動しています。石巻事務所は本部からのスタッフが4名、地元スタッフが14名、アルバイトさんが10名ほどです。

石巻は石ノ森章太郎さんのまんが館などがあり、何かとフィーチャーされています。
ちなみに駅前の市役所の前にはこの方が!
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石巻は小型船、養殖、街の産業である水産加工業が壊滅的被害を受けました。漁港も地盤沈下していますが違う場所にテントをたて7月半ばに再開、今のところ震災前の1割くらいの水揚げを達成しています。しかし、加工業の工場、機械は流されてしまったため色々な過程の工場が全体的に復活してこないと産業が回りません。また、牡鹿半島の養殖は流されてしまいました。今牡蠣やホタテの養殖をなんとか再開してもそれは2、3年後の収穫になります。その間の生活は?色々課題が残ります。

ともかく津波に流された土地を今後どのようにするか、国がなかなか決めてくれないので壊すことも建て直すことも決められません。私が話した加工業者さんは、工場二つ流され、一台300万~500万の機械が多く流され、ローンで経てた築2年の家が流され、これからまた借金して事業を始めるには3重ローンをかかえなければ、それは可能なのか、、と途方にくれておられました(涙)

とは言っても、ローカルスタッフいわく、今まで街は閉鎖的で古い慣習だけに従うような雰囲気があったが、この震災で出て行った若者が戻ってきている、そして新しい街をつくろうとしている、そんな機運もあるということです。そもそも石巻は宮城県で2番目の街、その割に仙台に負けている!と気合を入れていました。

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牡鹿半島の小学校。震災前はどんなに美しい風景が広がっていたことでしょう。自慢の小学校だったに違いありません。ちなみに裏の小山にのぼって生徒さんたちは助かっています。

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明神町あたり。壊すでもなく、建て直すのでもなく、電気も通らず、しーんとしている(涙)

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物資用の倉庫に訪問。

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スタッフたちは、作業中の避難経路を会議中でした。
物資の仕分け、仮設住宅への配布を担当。物資は家電6点セットがあるのですがそれだけでは生活ができないので調理道具や食器、枕、ふとんなどを搬入しています。今月中に7500世帯に配布する予定。そして、入居後のヒアリングも大切な仕事。なぜなら抽選で入居した皆さんは孤独や将来の不安、つらい経験、そして生活の不便などの問題を抱えている場合が多いから。そして、「お茶っこのみ」にお誘いします。

今まではがれき撤去や泥出し作業がメインだったボランティアの作業ですが、養殖のお手伝いも始まっています。
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まだまだこれから。経済復興には大切な時期です。

ということで、つづく!
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